興信所・探偵社の歴史

探偵のイメージ

TVや映画の世界の探偵といえば古くはシャーロック・ホームズ、明智小五郎、今では名探偵コナンなどですが、彼らは凶悪犯罪などに関わり、警察と張り合ったり、協力したりととても格好良く描かれています。
しかし現実の探偵はと言うと、凶悪事件に関わる事はほぼ皆無で、1番多い依頼は浮気調査、そしてストーカー、金銭貸借関連、あとは企業からの依頼で保険金詐欺や金銭横領、ちょっとした企業恐喝などの調査です。

探偵の成り立ち

そもそも世界で初めて探偵が生業として発足したのは今から約180年前(日本における江戸末期頃)、フランスでヴィドックという人物が開業しています。最近映画化もされましたが、彼は犯罪者であったと言われており、「悪をもって悪を制する」という成り立ちがあったようです。

その後アメリカではフランスに遅れる事25年、ピンカートンが探偵事務所を設立し、「プライベートアイ、眠らない目」の言葉をうたい文句に活躍し、今もその会社は規模を拡大しながら巨大化し、米国の調査会社は調査の為の独自のヘリコプターやジェット機を持ち、更には偵察衛星も保有しています。これは国土の広いアメリカならではの事でしょうが、それだけの需要があるという事の裏づけでもあります。

元々アメリカの探偵業の生い立ちは西部開拓時代の賞金稼ぎと言われていて、ピンカートン社についても、創設者のピンカートン氏自身が、早撃ちで有名なガンマン・ビリーザキッドを捕らえて名を馳せた賞金稼ぎであったというエピソードがあります。

西部開拓時代の賞金稼ぎは一攫千金を狙って高額の賞金首を追い求める日々ですから、当然正業とは言えず、世間からは冷ややかな目で見られていたのではないかと想像しますが、これも狩猟民族である欧米らしい探偵業の原点であると言えるでしょう。

日本の探偵、その歴史

日本はというと、探偵業は120年前の明治時代に東京日本橋で岩井三郎なる人物が初めて探偵事務所を開設しています。
当時、大政奉還が行われ、江戸から明治へと政府が変わり維新後の治安を維持する為に政府は全国的に情報収集を行っており、その要員として調査員を各地に配置したわけですが、この調査員や各地の警察官が名刺の肩書きに使用していたのが「探偵」であり、これが日本の探偵の語源であると言われています。

皆さんもご存知の銭形平次(架空の人物ですが)は岡っ引と呼ばれた職種ですが、これもある意味で探偵だったのでしょう。この岡っ引は江戸時代に探索方と呼ばれる役人が自費で雇い入れて犯罪者の調査に使っていたのもので、この岡っ引のほとんどもまた犯罪者であったようです。やはり、「悪には悪」「蛇の道は蛇」ということだったのでしょうが、現実は庶民の味方には程遠いものだったようで、随分とゆすりやたかりをやっていたようです。

日本が誇るいにしえの探偵・・・NINJA

しかし、日本における職業としての探偵の原形はもっと古くからありまして、時は戦国時代、織田信長の頃で、当時は忍び・忍者と呼ばれていた者達です。

忍者集団は人間の持つ能力を限界まで引き上げる訓練を受けた者達で、映画や漫画で目にするような忍術ではなく、暗闇の中で物を見、微かな音を聞き取り、読心術を身に付け、走れば短距離・長距離のオリンピック選手以上の力を持っていました。

そういった人たちが一週間ほど飲まず食わずで床下・天井裏に潜んで情報収集を行い、得られた情報を伝達するという作業を集団で行っていたのです。

現在では昔のように命を賭けて探索する必要も無くなり、超人的な修行は廃れていきました。そして、その超能力の代わりに超望遠レンズ・暗視カメラ・超小型撮影機・電波受信機などの最新鋭機を使用しています。

日本と欧米の探偵の違い

当時、忍びの情報は一国の趨勢を左右するものであった訳ですが、今でもそれは同じで、情報を制するものは世界を制すと言われています。

しかし、ここで考えて頂きたいのは、欧米の探偵と日本の探偵は発祥からして質が違うものであるという事です。欧米は個人主義型の己の欲望による賞金稼ぎが発祥で、日本は一国を左右するような大事に大名が探偵として忍者を雇い、忍者は大名に仕えていたという集団型であったという事ではないかと思います。

かたや個人の為、一方は集団(国・家・一族)の為という事だったのですが、これが敗戦後の日本で欧米化が進んで個人主義の傾向が強くなってきた結果、探偵は現在1番調査の依頼が多い浮気調査へと結びついていくわけです。

近代日本の探偵

明治維新も成り、世の中が落ち着いて警察組織も万全なものになってきた頃、これまで全国の治安維持の為に情報収集で活躍していた「探偵」たちもリストラの憂き目に遭い、転職を余儀なくされてしまいました。

しかし、「探偵」の中でも民衆の間でその存在が根付いていた元岡っ引たちの一部は、商家からの信頼を受けて商売上の取引先の信用性や店で働く従業員の身元確認、はては商家の箱入り娘を嫁がせる際に相手の家の様子を色々と調べさせられたようです。商家のほうはその結果をみた上で相手との結納を交わしていくようになり、この形が後々の興信業として形を成していったのです。
明治の中期から昭和40年頃までは興信業の隆盛期で、この頃は「探偵」と言わずに「興信所」というのが一般的でした。

現在の探偵は?

昭和40年頃の高度成長期を経て日本も欧米のように恋愛結婚が定着し、「お見合い」に」よる結婚が年々減少していきました。

平成の今、一部の上流階級(社交界がなくなった日本では死語になりつつあるようですが、一部では厳然として残っています)を除き、家と家が子供を見合いにより結婚させるという風習がなくなりつつあります。

お見合いという、概して本人よりもその周囲が積極的な出会いは、今では合コンや結婚相談所、出会い系サイトなど、自らが積極的に恋愛相手を求め、結婚するという形に変化を遂げました。
恋愛結婚の場合、本人同士が好んで結婚している為、相手を調査する必要がないのです。

こうした時代の変化の結果、逆に離婚が簡単にできるようになった現代において、これまで結婚調査が業務の主流であった「興信所」は、不貞調査・浮気調査を主体にした「探偵」にまた戻りました。
そして今、更なる成長を続ける業界となっているのです。