今回のご依頼は、広島県の郊外にお住みのH夫婦からでした。
H家はその土地では名の通った代々続いている名家であり、大地主でもありました。ご依頼の内容は、「娘が家を飛び出して男のところへいってしまった。連れ戻すか、それができなければ相続権を放棄する旨を記した覚書に署名させたい。」というものです。
H夫婦の娘である21歳のA子さんは、H家の跡取り娘であるが、元の勤め先に出入りしていた男性との交際をH夫婦に頭ごなしに反対された為、書置きを残し家を出ていってしまいました。
A子さんの交際相手であるT氏とA子さんが一緒に住んでいる場所は、H夫婦が捜し歩いて見つけ出されたそうですが、H夫婦が訪ねたところドアも開けてもらえなかったそうです。
相談をお受けした際、調査を着手するにあたってH夫婦にご説明した事が2つありました。
1つは、署名させたいという覚書の事で、例え署名させる事ができたとしても、法的には何の効力も持たず、法定遺留分の財産相続権を侵す事はできませんという事。
あともう1つは、A子さんが何不自由ない恵まれた生活を投げ出してT氏の元へ走ったのは、若さやいわゆる恋の激情というものかもしれませんが、T氏の人間性などを知ろうとされず、経済力などの先入観に流されて頭から反対し、面会する事すら拒まれたH夫婦の態度にも原因がある事をお認めになる事。この2つの点を理解していただき、本件に着手しました。
事前の情報は、A子さんとT氏の暮らす住所、T氏の苗字、A子さんとT氏のツーショット写真のみでありました。
まずT氏の勤務先を、2人のツーショット写真の背景へかすかに写っているトラックの車体マークから割り出すことに成功しました。T氏は岡山市郊外にある運輸株式会社に勤務しており、会社から2、3分の距離にある独身寮に今も居住している事が判りました。
尾行調査開始の月曜日早朝に、T氏はA子さんと住んでいる広島のアパートを出発し、岡山の会社へ出社しました。その後、平日はずっと独身寮に寝泊りしていたT氏は、土日が休みであるにもかかわらず、土曜の昼過ぎに近くのコンビニで弁当や菓子などを買い込んですぐに寮へ戻りました。
ようやくT氏が広島へ向かったのは日曜の午後であり、それまでは寮にこもりきりでした。結局、T氏は毎週末まったく同じ生活パターンを送っていました。
その後、勤務先関係者を対象にした聞き込み調査の結果、仕事も休みがちで寮の自室に一日中閉じこもっている事が多いことが判明しました。また、学生時代の同級生を対象にした聞き込み調査では、元のクラスメイトでさえもT氏の事を覚えている者がほとんどおらず、当時から無口で目立たない存在であったことが分かりました。
その頃、別展開で聞き込み調査を進めていた調査班から、T氏の金銭調査の結果が届きました。それには、消費者金融3社から合計120万円の借入金がある事が記されていました。また、A子さん名義でも一月前に40万円の新規借入がされていたことが判明しました。
ここに至って私はH夫婦に、T氏がA子さんとのアパートに居るタイミングで訪ねる事を提案しました。言いたい事は山ほどあるでしょうが、話の進行はすべて私がある意図を持って行うので、絶対に喧嘩になるような事は言わないよう、穏やかに彼らと話をされる事をお願いしました。
