フォーチュン広島の探偵白書:不倫相手女性がストーカーしたら?

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統合失調症のひろば寄稿「白いブラウスのストーカー」

日本評論社『統合失調症のひろば』に寄稿した記事の原文です。

タイトル:白いブラウスのストーカー

『不倫は楽しい』そりゃそうだろう。家庭内の面倒なことを持ち込まず、疑似恋愛で愛欲を貪っているのだから。
しかし、不倫という関係は特殊なものなので、恋愛の渦中にいるときは楽しいが、お互いの感情のバランスが崩れると、トラブルに発展することも多い。どちらか一方が別れ話を切り出した場合、不倫関係を維持したいと願う相手がストーカー化して、脅迫やつきまとい行為をすることだってある。そうなると今度はストーカー問題とは別に、不倫関係が露呈して、離婚問題や慰謝料請求など、問題点がどんどん増えて泥沼化してしまう。
不倫の形は様々であり、人の数だけの倫理観や価値観が存在しているので、不倫が良いか悪いかは簡単に論じられないが、不倫は上手く終わらせないと最悪の事態を引き起こして、財産を失ったり多くの人を不幸にして信頼を失ったりと、重いペナルティを受けてしまうことになるのだ。

ストーカーの被害は警察が認知しているだけでも年間約2万件も発生しているが、これは氷山の一角だろう。不倫相手からストーカー行為を受けても、不倫をしていたという負い目、というより不倫していたことがバレるのを恐れて、家族に相談できず、警察にも被害を訴えることができない人も多いからだ。
よくある不倫の別れ話から、ストーカー事件に発展することは珍しいことではない。誰もがストーカーになり得るのだ。

今回は、不倫関係を上手く終わらることができず、ストーカー問題に発展した最悪のケースを紹介したい。

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「ほら、早く相談内容を言いなさいよ!」面談室は重たい空気が流れていた。
相談に来られたのは30歳前半男性のA男さんと、その奥様だった。A男さんは隣に座っている奥様にせっつかれながら、「あの、相談というのは、ある人物から迷惑行為を受けていまして…その証拠の取得をお願いしたいのですが。それで、実は犯人というのは、その、私の浮気相手の女性で…」と、たどたどしくもことの顛末を話してくれた。

A男さんは大手企業に勤める会社員で、7歳の男の子の父親。夫婦仲は悪くはないが、気が強い奥様に頭が上がらない恐妻家だ。
ことの始まりは約一年前。
A男さんが勤務する会社に、派遣社員としてB子という20歳代後半の女性が入社してきた。B子は淡々と丁寧に仕事をこなす女性だったが、口数が少なく伏し目がちで、ストレートな黒髪でいつも白色のブラウスに地味なグレーのスーツを着ていたせいか、どことなく薄幸な印象で社内で浮いた存在だった。
B子はA男さんの営業補佐となり、一緒に営業先に回るようになる。A男さんは真面目なB子の性格に惹かれていき、B子もいつも優しく接してくれるA男さんに好意を持つようになった。そんな二人が男女の関係になるには時間はかからなかった。
恋愛経験が少ないA男さんは完全に舞い上がっていた。毎日のようにB子に『誰よりも好き』『いつか結婚したい』『自分が独立したら、ついてきてほしい』とLINEを送り、B子もそれに応えるようにA男さんのためにと毎日弁当を作るようになった。

二人の関係は周囲の同僚達に噂されるようになり、やがて、その噂はA男さんの奥様にも届いた。A男さんの奥様は出産されるまでA男さんと同じ職場で働いており、元同僚でもある友人から「あんたの旦那が部下の女と浮気をしているよ」と告げ口があったのだ。
奥様に厳しく詰め寄られたA男さんは、B子との関係を全て白状して、ひたすら奥様に謝った。そして、B子に『妻に不倫がバレた。残念だけど別れよう』と一方的にLINEを送り、奥様には「B子との不倫関係はちゃんと清算した」と報告した。A男さんは奥様と離婚する気など初めから毛頭なく、またそんな覚悟もなかった。ただ、学生気分の恋愛を楽しんでいただけなのだ。

ところがB子はA男さんとの結婚を真剣に考えていたので、「こんなの酷い!A男さんに裏切られた!」と、就業中に大声で泣き出してしまい、二人の不倫関係は社員全員が知ることとなった。その結果、B子は派遣の契約を切られ、A男さんも担当していたプロジェクトから外されてしまう。
退社後もB子から話しがしたいとLINEがきたが、A男さんは『君のことは好きだが、やはり家族の方が大事なんだ。今は会えない。本当にゴメン』と、中途半端な返信をして逃げていた。その結果、送られてくるLINEも日に日に回数が増えてきた。煩わしくなったA男さんはB子からのLINEをブロックしてしまう。するとB子から何度か着信があったが、電話の方も着信拒否にした。

その数日後からB子からの迷惑行為が始まった。
・会社の代表メールに匿名のアドレスからA男さんへの罵詈雑言が送られてくる。
・取引先の会社宛てにA男さんを誹謗した大量のFAXが送られる。
・深夜にA男さんの自宅のインターフォンを何度も鳴らされる。
上司から「取引先にも多大な迷惑をかけている!早急に対処するように!」と注意され、奥様からも「なんとかしろ!」と怒られる始末だった。

A男さんはB子に直接会って迷惑行為を止めるように言いに行く決断をした。話し合いが拗れて包丁で刺されるのではないかという恐怖もあったが、社内での立場をこれ以上悪くするわけにはいかないと、早くこの状況を終わらせたいという気持ちの方が強かった。
夜なら在宅しているだろうと、20時にB子のマンションを訪ねた。突然の訪問にも関わらずB子は笑顔で「あら、A男さん!どうしたの?」と付き合っていた頃と同じようなテンションで出迎えてくれた。その対応に違和感を覚えたが、「あの、会社に誹謗中傷のメールを送ったり、深夜に自宅に来たりするのを止めて欲しいんだけど…」と、A男さんは玄関前で告げた。声は少し震えていた。「え~っ!?何それ?」「いや、あの、君がしている迷惑行為を止めて欲しいんだよ」「何のこと?私は何もしていないわよ。私が何かした証拠でもあるの?」B子は笑いながら否定した。「証拠は無いけど…、そんなことするのは君しかいないだろう…」「酷いなぁ…私は何にもしていないのに…、A男さんは本当に酷い人よね!散々私と結婚したいと言っていたのに、期待させておいて急に裏切るなんて!それって結婚詐欺よ!自分がしたこと分かってる?ねえ!」B子の声はだんだん大きくなった。A男さんは言い返すことができなかった。確かに非があるのは自分の方だから。
「あと、なんで着信拒否にしたの?」「いや、君から何度か電話があったから…」「あなたがLINEをブロックするからじゃない!じゃあ、ブロック解除をしてくれたら、電話はかけないわよ!」
完全にB子のペースで話が進み、結局A男さんはその場でLINEのブロック解除をさせられただけで、B子のマンションを後にした。
その帰り道、B子から『さっきはごめんなさい!酷いこと言っちゃって。言い過ぎたことを反省しています。私のこと嫌いにならないでね。私はA男さんが世界で一番好きだから。今日は逢えて幸せでした。おやすみなさい』と絵文字満載のLINEが入った。A男さんはどうしようかと考えたが、返信しないことにした。

その日の深夜からまたB子のLINEが何度も送られてくるようになった。-なぜ返信してくれないの-裏切り者-逢いたい-酷い男-深夜にLINEしてごめんなさい-復讐してやる-大好き-実はあなたの子供を堕胎したの-愛している-返信してくれないと死ぬ-ご飯食べに行きたい-手首を切った-と、感情の揺れ幅が明らかに大きく病的な内容だった。A男さんはLINEの通知音が鳴るたびにノイローゼとなっていった。そして再びLINEをブロックして、着信拒否設定にしてしまう。もう冷静に判断できる状況ではなかった。
翌日からまた会社へ誹謗中傷メールが送られてくるようになった。深夜にインターフォンも鳴らされるようになり、迷惑行為はますますエスカレートしていった。
・玄関前に置いてあった息子の朝顔の鉢が踏み潰される。
・郵便受けの手紙を勝手に開けられていたり、盗まれている。
・玄関ドアにA男さんを誹謗した張り紙が貼られる。

もう、B子を逮捕してもらうしかないと、A男さんは最寄りの警察署へ駆け込んだ。
担当してくれた警察官は親身に話を聞いてくれたが、「A男さんのご相談は男女関係の問題なので民事不介入の原則で警察が立ち入ることが難しいです。何より、B子氏が加害者なのか特定できていませんので、現時点では逮捕どころか、注意・警告をすることもできません。身の危険を感じるようなら、引っ越しをされるか、しばらくホテルに身を隠すことをお勧めします」と、現状では何もしてくれないことだけ教えてくれた。
警察官曰く「まず、B子氏が加害者であるという証拠が必要です。それと、B子氏に対してもっと明確に拒否の姿勢を示してください」とのことだった。ストーカー規制法では『拒否をしているにも関わらず、連続してメール・LINEを送信する行為』が禁じられていて、拒否した上でさらにメッセージが届くようであれば、注意や警告をしてもらえるという。
警察署の帰り道、早速A男さんはB子のLINEブロックを解除して、『もう二度とメッセージを送らないように!君からのメッセージに大変迷惑しています』とLINEを送った。すぐに既読が付いたが返信は来なかった。
そして探偵社にストーカー行為の証拠収集の依頼することにした。費用がかかることなので奥様にも探偵社への同行をお願いした。

A男さんからの依頼を受け、我々は調査に着手した。
早速、A男さんの自宅周辺が映るように隠しカメラを至る所に取り付けた。防犯のためには目立つ位置に防犯カメラを取り付けた方が良いのだが、証拠を取得するためには、一見カメラと分からない隠しカメラを取り付ける。早速その日の深夜からA男さん宅のインターフォンを鳴らして逃げるB子の姿を数回撮影することに成功した。しかし、この映像をいくら撮影も警察は動いてくれない。B子から「ただの訪問客だ」と言われてしまうと、逮捕までには至らないし、例え逮捕されても10万円以下の罰金を支払うくらいだ。

隠しカメラでの撮影を続けていると、深夜にA男さん宅の庭に侵入して、植えていた花を踏み潰すB子の姿を捉えることができた。狂気じみた姿だが良い証拠が取得できた。インターフォンを鳴らしただけでは言い逃れされてしまうが、無断で庭に入るのは不法侵入になるからだ。その後もB子が庭に侵入して、奥様の自転車のタイヤやサドルをカッターで切りつける姿、玄関ドアに張り紙を貼る姿、家の塀にペンキをかける姿なども撮影できた。

B子の悪質な嫌がらせ行為の証拠が取得できたので、その証拠映像を持って、A男さんに「奥様と一緒に警察へ行くように」と指示をした。
前回はA男さん一人で相談に行ったため、「男女問題は民事不介入」という理由で警察は動いてはくれなかったが、今回はA男さんの奥様がストーカーの被害者として相談に行ったので、警察も動いてくれる。A男さんとB子の男女関係のもつれでの相談では無く、第三者である奥様が被害を訴えることで、警察も動きやすいのだ。そしてB子はストーカー規制法違反で逮捕され、最終的には保護観察処分がついた。

A男さん夫婦は話し合いを重ねた結果、子供のためという理由で離婚はしないことになった。但し、次に浮気が発覚したら多額の慰謝料・養育費を支払うことと、全財産を奥様に渡すという誓約書を書くことを条件に。そして現在の家を売却してセキュリティが厳重なマンションに引っ越すことにした。そのためA男さんは当面小遣いが無い生活となる。
A男さんは軽い浮気心のせいで、大きな代償を払う結果となった。それでも『不倫は楽しい』と言えるだろうか。