フォーチュン広島の探偵白書:息子がカミングアウト!そして家出

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カミングアウトと、失踪と、不器用な愛の話

日本評論社『統合失調症のひろば』2022年春号に寄稿した記事の原文です。

カミングアウトと、失踪と、不器用な愛の話

「5年前に失踪した息子から、昨日手紙が届きました」
面談に来られた女性(60歳:以下、母親)はそう切り出すと、大事そうに持っていた手紙を渡してくれた。
『お父さん、お母さん。お元気でしょうか?長い間、連絡をせずにごめんなさい。僕は元気です。実はコロナの影響で生活が苦しくて困っています。申し訳ないのですが、50万円ほど送金してくれませんか?(中略)この口座にお願いします。〇〇銀行 口座番号〇〇 口座名義ワタナベ ユウタ』

「息子さんからのお手紙で間違いありませんか?」
「はい!息子が書いた手紙に間違いないです!」
「口座名義がワタナベユウタさんとなっていますが、息子さんのお名前ですか?」
「いいえ、息子の名前はAです。ワタナベさんというのは、たぶん…、Aの恋人だと思います」
「(ん?恋人?ユウタ…男性の名前だよな?)…恋人ですか?」

母親は今までの経緯を話してくれた。
「私達夫婦には二人の息子がいます。失踪したのは次男のAです。Aは内気な性格で人付き合いが苦手な子でした。学生時代に酷いいじめに遭って、不登校になっていた時期もあります。勉強は出来たほうなので広島の高校を卒業した後は、京都の大学に進学しました。京都では楽しく過ごしていたようで、親としても安心していました。しかし、5年前の正月に、今回の失踪の引き金となる出来事が起きたのです」

― 5年間の正月の出来事 ―
Aは大学卒業後、広島へ戻って、主人が経営する会社に入社する予定でした。卒業前の正月に帰郷したので、久々に家族4人の一家団欒を過ごしていました。その席で5歳年上の長男から「年内に彼女と結婚する」と報告がありました。長男も主人の会社に跡取りとして入社しておりましたので、主人は大喜びでした。余程嬉しかったのでしょう、上機嫌のまま、Aに「お前も早く彼女を紹介せえよ」と言ったのです。

すると、Aは「ボクはゲイで、恋愛の対象は男性です。今は男性とお付き合いしています」と、真っすぐ父親を見て、ハッキリとした口調で言ったのです。
私は頭が混乱して言葉が出てきませんでしたが、主人は血相を変え「やめろ!気持ち悪い!!」と怒鳴りました。それでもAは続けて「大学卒業後も京都に住みます。だから、お父さんの会社に入社はできません。本当にごめんなさい」と頭を下げたのです。
「何をいきなり訳の分からんことを言い出すんなら!もうお前が入社する用意もしとるんで!お、お前…!」主人はAの顔におしぼりを思い切り投げつけて、怒って家を出て行きました。私も長男も突然のことで、ただただ唖然としておりました。
Aは長男に「ごめん、お兄ちゃん。せっかくおめでたい話をしていたのに…」と謝罪をしましたが、長男は何も言わず自室に戻りました。

「それって、本当のこと?広島に戻りたくないから嘘をついとるん?」私はAの告白を信じることができませんでした。
「本当のことだよ。一生黙っていようと思っていたけど、嘘をつき続けることに疲れたんだ。小学生の頃から苦しんできて…、もうこれ以上、自分のことを嫌いになるのが辛いんだ」
「…私の育て方が悪かったんかね、」
「ボクがゲイなのと、育て方は関係ないから!!そんなこと言うの止めてや!誰のせいでもないんだって!」Aはボロボロ泣き出しました。
泣いているAの姿を見て、私はとても反省しました。何で今まで気付いてやれなかったのかと。子供の頃からずっと胸の内を誰にも言えずに苦しんできたと思うと、母親として情けなくなりました。たとえAが同性愛者でも、私にとって可愛い息子に違いありません。まず私が認めてあげなきゃという思いになったのです。
「今まで気付いてあげられなくて、ごめんね。辛い思いをしとったんじゃね…」
「ううん、ボクの方こそ、ごめんなさい。いつかカミングアウトしなきゃと思っていたけど、怖くて言い出せなくて…。今日こそ言わなきゃと焦ってて…、最悪のタイミングだったね」
「でも、これからどうするん?男の人とお付き合いしているから広島に戻ってこれんの?」
「…うん」
「遠距離でお付き合いすることはできんの?学生マンションだから卒業したら住めないのよ。もう単位も取っているんなら今月にでも戻ってきんちゃい」
「…うん」
「お父さんの会社に入るのは嫌なん?」
「…」Aは下を俯いたままでした。
「分かったわ。お母さんが後でお父さんと話をしてみるよ」

その日の夜、長男は彼女と出掛けてて不在でしたが、私とAと主人の3人で食事をすることになりました。私とAが先にテーブルについていると、主人は椅子に座るなり、「どうすんや?会社は?おい!」と、怒気を帯びた口調で言いました。
「あの、あなた、」「お前は黙っておけ!」主人は声を荒立ててAに詰め寄りました。
「卒業したら、予定通りわしの会社に入ること!それから、広島に戻ったら同性愛者ということを誰にも言うな!言うと、お前も周りも辛くなる!約束せえ!」
私もAも主人の剣幕に押されて、何も言えませんでした。

翌日、予定より早くAは逃げるように京都に帰ってしまいました。それから1か月ほど経ったとき、Aから手紙が送られてきたのです。
『ごめんなさい。やはり広島には戻れません。もう、自分を偽って生きていくのは耐えられないのです。気持ちが落ち着いたら連絡するから、それまでそっとしておいてください』
驚いてAに電話をすると、携帯電話は解約されていました。すぐに主人と京都の学生マンションに向かいましたが、すでに退去しており、交友関係やバイト先に聞き込みを行いましが、誰も転居先を知りません。警察に行方不明届も出しましたが、手紙もあり、事件性もないとのことで警察は何もしてくれず。住民票は大学に入学したときも移動せず広島の実家のままです。何の手掛かりも得らないまま、ただただ時間だけが過ぎていき、最近では主人も長男もAの話題を避けるようになっていました。

ところが昨日、Aから手紙が届いたのです。大変驚きましたが、自殺の可能性も覚悟していましたので、元気でいることに私も主人も安堵しました。しかし、居場所は書かれていませんので、返事を出すこともできません。そこで御社で居場所を探し出して欲しいのです!そして、できればAの生活振りも調べていただけませんか?」

母親の話を聞いて、当時のAさんの心境を思うと、いたたまれない気持ちになった。
「ご依頼の趣旨は分かりましたが、居場所を探し出せたら、どうされるおつもりですか?」
「主人と一緒に会いに行きたいです!そして全てを受け入れていることを伝えます」
「ご主人(以下、父親)は調査を依頼されることは了承されていますか?」
「はい、もちろんです!」
「ご主人はAさんのことを認めていますか?せっかく居場所を探し出しても、和解出来なかったら、また失踪されるかもしれませんよ?」
「大丈夫です。主人は失踪の原因は自分にあると反省しています。それにAが子供の頃はとても仲の良い親子だったのです」
「50万円振り込んで欲しいと書かれていますが、どうされますか?」
「Aとワタナベさんの関わりがまだ分かりませんので、関係性が分かるまで振り込みは止めておきます」

早速、調査に着手した。調査方法は極秘なので明かせないが、数日後、ワタナベユウタの氏名・住所が判明できた。渡辺雄太(仮名)は大阪市在住で、自宅は繁華街近くの2LDKのマンションだった。すぐに調査員達を現地に向かわせた。
渡辺氏の部屋は1階にあり、オートロックは無く、幸運にも向かいのコインパーキングから玄関ドアが監視できた。行動調査と言っても、大半は『張り込み』がメインとなる。張り込みができる・できないで調査の命運が左右されるのだが、張り込みがしやすい場所なんてそう滅多に無い。団地や住宅街での張り込みは特に難しく、普段見慣れない車や人物が居るだけで通報されてしまう。警察が来ても探偵業届出証明書を見せて事情を伝えれば、問題にはならないのだが、警官やパトカーが集まれば対象者に調査が発覚することもあり、もう二度とその場所での張り込みはできなくなる。
話が逸れたが、渡辺氏の部屋の窓にはカーテンがかかっており、電気メーターも動いていることから、空室でないことも確認できた。

朝7時の張り込み開始から7時間が経過した午後2時、玄関からAさんらしき男性が出てきた。一人の調査員はその男性の尾行を行い、もう一人の調査員は引き継ぎをマンション前で張り込みを続けた。尾行している調査員から「印象はだいぶ変わっていますが、たぶんAさんだと思います。念のため今から写真を送ります」と報告があった。調査事前資料として預かった写真のAさんは、真面目というか、悪く言うと冴えないタイプの青年だ。しかし、調査員からLINEで送られてきた写真の男性は、茶髪の髪色のせいか、ずいぶん垢ぬけた感じで、年齢よりも若く見えた。
30分後、張り込みを続けていたもう一人の調査員からも報告が入る。「あの後、渡辺氏の部屋から男性が出てきて、玄関を施錠して出掛けたので、尾行をしています」送られてきた写真には、Aさんより少し年上の、ガッチリとした体型で短髪に整えた髭が印象的な男性の姿が写っていた。おそらくこの男性が渡辺雄太氏なのだろう。
その後、Aさんは開店前の飲食店に入っていった。開店後に調査員が客を装い入店すると、Aさんはウエイターとして働いていた。渡辺氏は別の飲食店に入ったと連絡がある。その後の調査で、Aさんが働いている店も、渡辺氏が入っていったお店も、どちらも渡辺氏が経営している店だと判明した。飲食店の定休日にはAさんと渡辺氏が仲良く買い物に出掛ける姿も確認できた。
母親の予想通り、渡辺氏は恋人なのだろう。2人は長年連れ添った夫婦のように、穏やかに仲睦まじく暮らしていた。数日間の行動調査で生活振りはある程度把握できた。

調査が終了して、Aさんのご両親が事務所に来られた。母親は事務所に入るなり、何度も労いの言葉を口にしたが、父親は緊張した面持ちで一言挨拶をしただけだった。母親の話から強面の父親を想像していたが、事務所に現れた父親は少し神経質そうだが、Aさんによく似た初老の男性だった。
「では、今からAさんの近況を撮影した映像をご覧いただきます」テレビ画面に映し出されたAさんの姿を見て、母親はハンカチで涙を拭ったり、笑顔になったりしていたが、父親の方は表情を変えず、じっと画面を見つめていた。

「まだホモは治っとらんのかぁ…」Aさんと渡辺氏が仲良く寄り添う姿を見て、父親がようやく発したのは、ため息交じりの冷たい言葉だった。
「治る?Aさんは病気ではないので、治るものでも、治すものでもないですよ!」僕はつい、反射的に反論してしまった。普段なら依頼者がどんな差別的な発言をしても聞き流しているのに。年配の依頼者の中には、対象者に対して差別的な言葉を平気で口にする人もいる。辟易はするが、咎めたところで馬耳東風だろうと諦めて、いつも聞かなかったふりをしている。
しかし、そのときは考えるよりも先に言葉が出てしまった。そう、僕は腹が立っていたのだ。
行動調査は体力的にも精神的にも大変な作業だ。調査員はどんな過酷な状況でも「依頼者のため」と必死で調査を遂行する。その結果の感想が、そんな冷たい言葉では報われない。何よりも仲睦まじく暮らしているように見えても、Aさんと渡辺氏が親族からも、地域社会からも、孤立しているのが想像できたからだ。
僕の反論が意外だったようで、父親は「そうは言っても、世間が認める訳がないでしょ…」と、小さな声で続けてそう言い放った。

『世間が認める前に、父親に認めて欲しいんだよ!』そう言い返したかったが、口には出さなかった。いや、言えなかった。僕に父親を説き伏せる権利なんて無いことに気付いたからだ。
僕が同性愛に対して何も偏見を持っていなかったというと嘘になる。学生時代、とんねるずの石橋貴明氏扮する「保毛尾田保毛男」を見てゲラゲラ笑っていた一人だ。当時は、笑いの裏でどれだけの人が傷つき、悩みを抱えていたのか全く想像できなかった。昨今、LGBT問題がメディア等で取り上げられることが多くなったので、ジェンダーの問題についてようやく理解ができるようになっただけだ。それでも、どこか他人事のように受け止めていた。

映像を見終わると、僕は穏やかに話すことに注力した。ここで父親と口論になってしまったら、それこそAさんとの再会が遠のいてしまう。
「Aさんは元気に過ごされていましたね。では、これからですが、」
「調査ありがとうございました。これで終わってください。お世話になりました」僕の言葉を遮るように父親はそう言いながら席を立った。
「え!?Aさんには会われないのですか?」
「おい、母さん帰るぞ」僕の問いかけには答えず、そう言いながら父親は座っていた母親の腕を引っ張った。母親は戸惑っていたが、父親の勢いに促されるまま、会釈をして父親と一緒にそのまま出て行ってしまった。
僕は突然のことに、なす術もないまま2人の姿を見送った。

翌日、母親から謝罪のLINEが入った。『昨日は大変失礼いたしました。主人は動揺していたようです。Aのことを受け入れたい気持ちはあるのですが、実際に男性と同棲している姿を見てショックを受けたと申していました。またお伺いいたしますので、少しお時間をください』
僕も父親に反論してしまったことをお詫びして、連絡を待つことにした。しかし、それから2週間が経過しても母親からの連絡は無かった。

「父親はAさんに会わないつもりですかね?」Aさんの行動調査を担当していた調査員が呟いた。
「う~ん、いろいろ葛藤があるだろうから、もう少し見守ってみよう」僕は調査員に気休めにしかならない言葉で答える。
「そうですけど、これだけ多様性が叫ばれている社会なのに…」調査員は納得していない様子だ。
「そうだね、まぁでも、多様性がある社会だからといって、多様性に寛容な社会とは限らないさ」

『多様性のある社会』違いを認め合うのは大変素晴らしいことだ。ただ「多様性」という言葉が、逆に誤解を生んでいるように思えてならない。何となく「何でも良し、何でも有り」というイメージがあるので、共同性に反した無秩序な状態と混同されてしまう。
人はみんな違って当たり前で、「みんな違って、みんな良い」と「共同性」を両立させるなら『配慮』という言葉の方がしっくりくる。

それから数日後、再び事務所にAさんのご両親が来られた。
「先日は、失礼な態度を取って、申し訳ございませんでした」開口一番、父親は僕に頭を下げた。
「いえ、あれはお互いさまでした。それより、ご主人はAさんに会いたくないですか?」
「会いたいです!Aは大切な息子で、大事な存在なのは間違いありません。ただ、実際に男と同棲している姿を見ると、何とも言えない気持ちになってしまって…」
「今はどうなのですか?」
「この数週間、ずっと葛藤していました。私は自分の面子ばかりこだわって、Aの幸せを考えていなかったことにようやく気付いたのです。酷い言葉を言いましたので、とにかく謝りたい気持ちで一杯です。Aからの金の無心も、昨日振り込んでおきました」
「そうですか、Aさんは喜ぶでしょうね」
「そこで、お願いがあります。一緒にAに会いに行ってくれませんか?ただ、突然訪ねると困惑するでしょうから、重川さんが先にAの元を訪ねていただき、この手紙を渡してください。手紙には私達の思いを書きました。私達は近くで待機しておきますので、会いたいかどうかはAの意思に委ねます。会いたくなければそのまま帰ります」
「もちろん大丈夫です。では、一緒に会いに行きましょう」

Aさんが勤務する飲食店が休みの日に訪問することにした。ご両親を近くのファミレスで待機させて、僕は一人渡辺氏のマンションを訪ねた。
インターフォンを鳴らすと、「はい?」と小さく返答があった。「突然すみません、Aさんはご在宅でしょうか?ご両親からのご依頼でお伺いしました」部屋の中からドンドンと何かぶつかった音がしたと思ったら、勢いよく玄関ドアが開いた。「ボクがAです!両親に何かあったんですか!?」Aさんは心配した顔で叫んだ。
「ご両親は無事ですので、落ち着いてください。ご両親から伝言をお預かりしております」そう伝えると、Aさんは部屋の中に招き入れてくれた。部屋の中は綺麗に整っており、これだけで丁寧な暮らし振りが窺える。
突然の訪問にも関わらず、Aさんは台所でコーヒーの用意を始めた。僕がリビングのソファで固まっていると、別の部屋に居た渡辺氏がやってきた。渡辺氏は僕の姿を見ると軽く会釈して、台所にいるAさんのもとに行き、小声で「どちらさん?」と聞いていた。しばらく2人は小声で会話をしていた。

Aさんはコーヒーを小さなテーブルの上に置き、僕の向かい側の床に正座した。
「ありがとうございます。突然の訪問で失礼しました。私、広島で探偵をしている者です」そう言いながら胸ポケットから出した名刺を渡した。
「探偵さん?」Aさんは何度も名刺を見ながら尋ねた。
「はい。Aさんのご両親からお手紙をお預かりしましたので…」僕が鞄から手紙を取り出そうとすると、「あの!割り込んですいません!その前に、なんでここの場所が分かったんですか?」と、台所で様子を見ていた渡辺氏がAさんの隣に座りながら質問をしてきた。
「一か月ほど前にAさんがご両親にお手紙を出されましたよね。お手紙の中で渡辺さんの銀行口座が記載されていましたので、そこからこちらの住所を調べました」
「Aから手紙?俺の銀行口座!?」渡辺氏がAさんの顔を見た。
「ごめん、雄太に相談してなかったけど、両親にお金の無心の手紙を出したんだよ…」Aさんは申し訳なさそうに小さな声で言った。
実際、渡辺氏の飲食店はコロナ禍の影響で厳しい状況だったようだ。Aさんは身分を証明するものを持っていないため、お金を借りることが難しい。資金繰りに奔走している渡辺氏の姿を見て、少しでも助けになればという思いで、悩んだ末に5年振りに両親に手紙を書いたそうだ。
「そうだったのか…、いや、うん、心配かけたな。ありがと」渡辺氏は自分を納得させるかのように、俯いたまま、何度も頷いていた。
「確かに先日、入金されていました。両親には必ず返すと伝えてください」
「そうそう、それで、ご両親からお手紙を預かっています」僕は先ほど渡しそびれた手紙をAさんに渡した。
Aさんは手紙を受け取ると、一文字一文字噛みしめるかのように、じっくりと手紙を読み始めた。
「え!?2人は今、大阪に来ているんですか!?」Aさんは手紙を見つめたまま声を上げた。
「はい、近くのファミレスでお待ちいただいています。Aさんが会っても良いというならお呼びいたします。今は会いたくなければ、そのままお帰りになるそうです」
Aさんは心配そうに見守っていた渡辺氏に手紙を渡した。渡辺氏も食い入るように手紙を読み始めた。
「雄太、どうしよう…」Aさんはすがるように渡辺氏を見つめる。
「Aはどうしたい?」渡辺氏は優しい口調で訊ねた。
「ボクは、…会いたい!」消え入りそうな声だった。
「俺もAのご両親に会って、ちゃんとご挨拶したい」渡辺氏は力強く答えた。

Aさんは手紙をもう一度読んでから、ふぅーっと、口から長い息を吐いた。
「雄太、以前も話したけど、ボクのお父さんは同性愛に対し理解が無い人だったんだよ。だから5年も会えなかった。手紙には全て受け入れると書いてあるけど、雄太に対して差別的なことを言うかもしれない。それでも良い?」
「もし、ご両親が認めてくれないとしても、お会いしたい。良い機会じゃないかな、今までは『愛があれば良い』ってごまかしてきたけど、やっぱりそれは無責任だよ。それにどっちかが病気や怪我になったときに困らないようにしたいし。ちゃんと向き合わなければいけない時期だと思う」そう言いながら渡辺氏はAさんの手を優しく握った。
「お父様はAさんに謝罪をしたいと言われていましたよ」僕がそう言うと、2人は顔を見合わせて、ゆっくりと頷いた。
「重川さん、両親をここに呼んでくれますか?」意を決したようにAさんの顔は凛々しかった。

僕は玄関を出るなり、ご両親が待つファミレスへ走って向かった。走る必要はなかったが、1秒でも早くご両親にこの素敵な2人を会わせたい気持ちに駆り立てられたのだ。
ご両親を迎えて再び渡辺氏のマンションに到着した。僕はインターフォンを押す前にご両親の顔を見た。2人は緊張した面持ちだったが、父親はゆっくり頷いた。それを合図にインターフォンを押した。何故だか指が小刻みに震えていた。

玄関ドアが開いた瞬間、「A!」とご両親が同時に叫んだ。Aさんは両親の姿を見て、少し照れたようにはにかんだ後、口を右手で押さえて泣き笑いの顔をしていた。
父親は「本当にすまんかったのぉ。父さんの理解が足らんかった」そう言いながら、Aさんの肩を優しく撫でた。母親はAさんの左手を両手で強く握りしめて、「元気にしとった?」と問いかけた。Aさんは何度も「うん!うん!」と頭を縦に振った。

Aさんは後ろを振り向いて、「恋人の渡辺雄太です」と渡辺氏を紹介した。渡辺氏は「A君とお付き合いしている渡辺雄太と申します!」と真っすぐな声で言った。その目は真っ赤になっていた。
父親は背筋を正して、「Aの父です。息子が大変お世話になっています。これからも息子をどうぞよろしくお願いします」と深々と頭を下げた。続けて母親も一緒に頭を下げた。
その瞬間、Aさんは堰を切ったように泣き出した。渡辺氏も「こちらこそ、よろしくお願いします!」嗚咽しながら頭を下げた。父親も母親も嬉しそうに泣いていた。
僕はとても美しい光景が見れて、胸が熱くなった。

Aさんは今までたくさん辛くて苦しい思いもしてきただろう。その分、これからは幸せな生活を送って欲しいと思う。
LGBTや性的マイノリティについての理解はまだまだ足りていないのが現状だ。僕自身ももっと学ばなければならない。そして、お互いに多様な性を認め合って、自分に正直に生きていける社会を目指さなければ。だって、性的マイノリティにとって優しい社会は、きっとマジョリティにとっても優しい社会だからだ。