統合失調症のひろば寄稿「姿なき集団ストーカー」

日本評論社『統合失調症のひろば』に寄稿した記事の原文です

タイトル:姿なき集団ストーカー

「明日から娘の様子を監視してくれませんか?」

日曜日の午後7時。
困り果てた表情をした初老の男性からの開口一番の言葉だった。
心配性の父親からの相談なのかと思ったが、それは早合点だった。男性(以下、Eさんと呼称)からの相談内容は予想以上に深刻な状況だった。

Eさんは13年前に妻を亡くし、その後は男手一つで一人娘を育ててきた。
娘さん(以下、K子さんと呼称)は大学卒業後は地元の銀行に就職が決まり、30歳になった最近まで父親と同居しており、片道一時間かけて電車通勤をしていた。

異変が起きたのは二年前。
夕食時にK子さんは「集団ストーカーの被害に遭うとるんよ」と打ち明けてきた。
娘の突然の報告に何事かと思い、詳しく話を聞いてみると、「この一ヶ月間、通勤途中で複数人の男女からストーカー行為を受けとんよ。毎日同じ男の人が電車に乗り込んで私の様子を窺っとって…電車を降りた後も複数人の男女に追跡されて、何処に逃げ込んでも尾行者達は人を変えてずっと追跡してくるんよ…」と神妙な面持ちで訴えた。

K子さんの話に困惑しながらも、Eさんは気のせいじゃないのかとなだめるように言うと、
「本当なんよ!ネットの掲示板に私の個人情報も書かれたりしとるんじゃけ…、もう、ええよ!」と激昂して、リビングのドアを勢いよく閉め、自分の部屋に入っていった。
普段はおとなしいK子さんがいきり立ったことに驚いたが、仕事で疲れているのだろうと思い、その日はそっとしておくことにした。

翌朝、K子さんは部屋から出て来なかった。
Eさんが呼びかけても、中から「仕事は休むけぇ、放っといて!」と言うだけ、出てこようとはしなかった。
その日からK子さんは仕事も辞め、ほとんど外出をしなくなった。

職場でのストレスによる鬱になったかと思い、心療内科の受診も考えたが、外に出るのがストレスなので、焦っても仕方が無いと思い、気長に待つことにした。
しかし、K子さんの言動はますます酷くなり、毎日のように「ストーカーに部屋の中の様子まで知られている」「寝ていたらイタズラされそうになった」「宅配業者を装って来た」などと、集団ストーカーの被害を恐れ、家中の雨戸も閉めきるようになる。

そんな生活が一年続いた頃、K子さんから「NPOに入会した」と報告してきた。
曰く、ネットで検索したら、同じような集団ストーカーの被害者がいて、そういう人達を救出してくれるNPOがあるとのこと。
正直、Eさんは快く思わなかったが、入会費や年会費の金額も安く、K子さんの気晴らしになればと、入会を認めることにした。

そして、NPOで知り合ったという女性と外出をするようになった。その女性とならストーカーされても大丈夫だという。
EさんはK子さんが外に出てくれるようになったのは嬉しかったが、ますますNPOの活動にのめり込むK子さんを不安に思った。
NPOに入会して半年が経過した頃、K子さんが市内で一人暮らしをしたいと言い出した。理由はもっとNPOの活動をしたいとのこと。
正直、EさんもK子さんとの生活に疲れていたこともあり、K子さんの一人暮らしを許可した。心配なのでEさんが合鍵を持つことを条件に。
Eさんは毎週末は一人で暮らすK子さんの様子を見に行っていたが、K子さんも初めての一人暮らしを楽しんでいるように見え、一人暮らしをさせたことは正解だったと安堵した。

しかし、それが悲劇の始まりだった。

いつものように土曜日にK子さんのマンションを訪ねた。しかしインターフォンを押しても応答は無い。外からベランダを見ると部屋の灯りは点いているので、風呂でも入っているのかと思い、しばらく待って再度インターフォンを押したが、やはり応答が無かった。

Eさんは心配になり鍵を開けて中に入ろうとしたが、ドアガードがかかっており、中に入ることができない。
僅かに開いたドアの隙間から「K子、どうしたん?お父さんだよ?開けてくれよ」と声を掛けると、K子さんが玄関にやって来て、勢いよく玄関ドアを閉めるとと再び施錠した。そしてドア越しに大きな声で「帰って!帰って!」を叫び出した。

何度かK子さんを呼び続けたが、帰ってと叫ぶばかりで話にならない。
これ以上は近所迷惑になるといけないと思い、その日は玄関ドアの前に食料を置いて帰ることにした。

自宅に戻り、K子さんに電話をしてもすぐに切られてしまった。
[K子、どうしかの?何かあったのか?]とメールを送ってみると、数分後に
[お前はお父さんじゃない!偽物だ!もうメールをしてくるな!]と返信があった。
再度メールを送信してみたら、今度は宛先不明でメールが戻って来た。どうやらメールアドレスを変えられたみたいだ。
電話をしてみるがこちらも着信拒否をされていた。

翌朝、Eさんは再びK子さんのマンションを訪れた。
玄関ドアの前には昨日置いておいた食料はそのままの状態で、何度もインターフォンを押しても、声を掛けても何の応答も無い。

もう、どうして良いか分からず途方に暮れた。
誰に、何処に、どういう相談をしたら、目の前で起きている問題が解決がするのか皆目見当がつかなかった。
ふと、友人に弁護士がいたことを思いだし、電話をして現状を伝えた。そこで弊社を紹介してもらい、藁をもすがる思いで相談に来られたのだ。

弊社にて今までの経緯を話し終えたEさんは大変疲れている様子だった。

実際にK子さんに会っているわけではないので、K子さんが統合失調症なのかは分からないが、精神的な病に侵されている可能性は高そうだ。

一概に「集団ストーカー」の被害を訴えているからと言って精神病とは限らないが、統合失調症を患っている方からは多い相談ではある。
大きく分けると、以下の4つの相談内容が多い。
・自宅に盗聴器や盗撮器を仕掛けられている。
・電磁波(超音波)の攻撃を受けている。
・集団ストーカーの被害に遭っている。
・ネットやテレビで悪口を言われている。

では、果たしてK子さんが訴えるような「集団ストーカー」は実在するのだろうか。

インターネットで「集団ストーカー」と検索すると、その被害を受けているという人達のページがたくさん出てくる。ここ数年はyoutubeなどの動画に被害状況をアップしている人も多い。被害状況といっても動画を見る限り「これのどこが被害に遭っているの?」と首をかしげてしまう内容ばかりだが。

我々探偵の調査は尾行と張り込みが中心だ。
特に対象者が徒歩で移動する場合は尾行は複数人で行うことが多い。探偵でなくても警察や公安の内偵は複数人で行うのは基本だろう。
その理由は対象者に尾行がバレないためである。繁華街をウロウロする対象者だと何度もすれ違うことがあり、警戒心がない対象者でも何度も同じ人間とすれ違うと尾けられているのではと思うだろう。

そのような探偵や警察の追跡行為を集団ストーカーと呼ぶなら、集団ストーカーは実在するということになる。

意外だと思われるかもしれないが、探偵業法という法律があるので、尾行の対象者は依頼者の配偶者やその浮気相手などに限られる。どの探偵社の契約書にも「ストーカー行為等(つきまとい)等の目的」の調査は禁止していると必ず明記しており、遵守しなければ、営業廃止や営業停止などの行政処分を受けるのだ。
但し、被害状況が確認できれば、結婚詐欺師や逆に依頼者にストーカーをしている人物の調査はこの限りではない。

中には某有名宗教団体が辞めた元信者を集団でストーカーしていることがあるが、その場合はストーカーを受けている側も、どうして被害を受けているか、誰からストーカーされているか理由が分かっている。
このことから、対象者が探偵や警察等の組織にとって『重要なターゲット』な場合のみであり、関係の無い人間に無差別にストーカー行為をすることはまずあり得ない。
そして探偵も警察も対象者に尾行がバレないのが前提であり、対象者が少しでも警戒している素振りを見せたら一旦尾行は中止する。

以上のことを説明しても、弊社に相談に来られる方は「私が受けているストーカーは国家レベルの陰謀なので」や「その組織は資金力があるので」などと反論されてしまうのだが。

話が脱線したので元に戻そう。
Eさんからの相談が終わった後、早速、K子さんのマンションの確認に向かってみた。

車一台が通れるほどの道幅しかない狭い路地沿いにある単身用のマンションだった。ここでの長時間の張り込みは非常に厳しい。
玄関ドアに出入りがあれば分かるようにマーキングを施し、翌日から24時間態勢で見張るよう準備を行うため、その日はその場を離れた。
EさんからK子さんの写真を預かった。
「この二年間でK子は10㎏以上太りました。髪も切ることもないので、写真とは別人かもしれません」

翌朝、Eさんと一緒にK子さんが住むマンションに向かった。Eさんには会社を休んでもらうことにした。
念のため業者を装いインターフォンを鳴らしてみるが、やはり応答は無かった。
長時間マンション前での張り込みができないので、エントランスに隠しカメラを設置してK子さんの動きを確認することにした。
本来なら、事前にマンションのオーナーさんに事情を説明して了解を得なければならないが、このようなケースで隠しカメラを設置の許可をくれる不動産会社やオーナーさんはまずいない。それ以前に不動産屋に相談した時点で断られてしまう。

調査員達がエントランスに隠しカメラを設置している間、Eさんと一緒に最寄りの警察署に出向いた。K子さんの状況を伝え、場合によってはドアを無理やりこじ開けてもらったり、救急での搬送もお願いするかもしれないからだ。
そして、事前にアポを取っていた精神病院にも相談に訪れ、事情を説明しておいた。

それから24時間交代で3日間監視を行ったが、K子さんが部屋から出て来ることはなかった。
もうこれ以上は限界だろう。
Eさんに連絡をしてと一緒に警察署にK子さんの救出をお願いすることにした。当初、Eさんは「あまり大事にはしたくない」と警察に相談に行くのを躊躇していたが、さすがに3日間も外出がないとなると躊躇などしていられる状況ではない。命に関わることになる。

対応してくれた警察官は事情を説明してもあまりピンと来ていない様子だったが、数日間もK子さんからの応答が無いことを伝えると「すぐに向かいましょう」と言ってくれた。
間もなく、警察車両、救急車がマンションにやって来た。狭い道路は一時的に通れなくなり、周辺も慌ただしくなる。正確な人数は数えていないが、十数名の警察・救急関係者の方が来てくれた。
警察やレスキュー隊の方も何度かK子さんを呼び続けたが、やはり応答はない。すぐにドアガードを切断して救出してくれるかと思っていたが、そうもいかないようだ。

ようやく玄関ドアガードを切断して室内に入ると、K子さんはソファに倒れたようにもたれかかっていた。
救急隊員の呼びかけに、かすかに返事をするが、意識が朦朧としている様子だった。食事を摂っていなかったのであろう、顔に生気がなかった。
救急隊員に抱えられ、K子さんは救急車ではなく、刑事さんの車に乗せられ、事前に事情を話していた精神病院まで搬送された。手続きにずいぶん時間はかかったが保護入院となった。診断で統合失調症だと診断された。

こっそりとマンションのエントランスに仕掛けた隠しカメラを撤収して、調査員達もその場を後にした。先ほどまでの慌ただしさが嘘のようだった。

数日後、再びEさんが事務所を訪ねて来た。ようやく落ち着いたのだろう。
Eさんは少し安堵した様子だったが、「私がもっと早く、娘の異変に気づいて正しく対応していれば、皆さんに迷惑をかけることがなかったのでしょうね…」と、空を仰いだ。

果たして正しい対応というものがあったのだろうか。
K子さんの病状が少しでも良くなることを祈るばかりである。